1971年2月、当時只見線は小出から出て大白川が終点となっていて、この年の8月に迫った只見までの延伸を待っている時期であった。ラッセル、ロータリー車こそディーゼル機関車に置き換えられていたが、まだ旅客はC11が客車を牽引していて、この日も、長岡第一機関区のC1163号機が担当してくれていた。当時、大白川~入広瀬間には柿ノ木と言う名の駅があり、入広瀬~柿ノ木間でC11を追った

朝一番、ロータリー車の出動

ラッセルが終了した後、C11がやってきた

63号機は、煙室戸、エンドビーム、さらにはご丁寧にデフにまで虎塗りが施されていた。さらにタンク後部も一面虎塗りであった。ヘッドライトがシールドビームではなくLP42なのは救い。尚、当時前面の手摺りは横棒が付いていた。入広瀬にて

夕方になり雪がしんしんと降り始め、撮影終了

2年後の1973年9月、C1163号機と石巻線で再開した。虎塗りも消え、デッキ部分の横手摺りもなくなっていたが、名残なのだろうか手摺りが白く塗られていた。この後、63号機は会津若松機関区に転出し、日中線で終焉を迎える事になる

現在、C1163号機は喜多方の「日中線廃線跡公園」に保存されている