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蒸気機関車

C62 3号機の試運転②

1973年に函館本線からC62が消えて13年後の1986年。北海道鉄道記念館に保存されていたC62 3号機を動態復元しようという話が持ち上がった。そして、2年後の1988年4月29日より、15年振りにC62が運転を再開し …

C62 3号機の試運転

1973年に函館本線からC62が消えて13年後の1986年。北海道鉄道記念館に保存されていたC62 3号機を動態復元しようという話が持ち上がった。そして、2年後の1988年4月29日より15年振りにC62が運転を再開した …

86の走った五能線

当時、北海道を旅する若者の全員が使ったいたであろう「北海道周遊券」。東京から有効期間が16日間で学割7,600円。10月~5月の閑散期は何と6,080円であった。北海道までの選択路線に奥羽本線も含まれていた為、帰路、差額 …

名寄駅のC55とC57

1973年(昭和48年)9月、北海道撮影旅行中に国鉄労働組合による順法闘争に巻き込まれた。運休が多くなり撮影列車が来ないどころか、最後は、自分達が鉄道で移動する事すら出来なくなった やっと到着した宗谷本線名寄駅も順法闘争 …

室蘭本線のD51

勇払(ゆうふつ)原野のウトナイ湖近くで千歳線の上り線が室蘭本線をオーバークロスしている場所があり、千歳線の植苗駅に近いことから、当時は、鉄道ファンが集まっていた室蘭本線上り線を行くD51 353号機(小樽築港) 1971 …

名寄本線のキューロク

1973年(昭和48年)9月、北海道撮影旅行中に国鉄労働組合による順法闘争に巻き込まれた。運休が多くなり撮影列車が来ないどころか、最後は、自分達が鉄道で移動する事すら出来なくなった 前日の「大雪6号」が運休になったため網 …

函館本線のD51その3

1970年当時、函館本線と言えばC62であり、特にC62が重連で牽引する急行「ニセコ」は、絶大な人気を誇っていた。そのC62の陰で、黙々と普通列車や貨物列車の牽引に奮闘していたのがD51である ススキが機関車に被ってしま …

函館本線のD51その2

1970年当時、函館本線と言えばC62であり、特にC62が重連で牽引する急行「ニセコ」は、絶大な人気を誇っていた。そのC62の陰で、黙々と普通列車や貨物列車の牽引に奮闘していたのがD51である 函館本線小沢駅を出発するD …

函館本線のD51その1

1970年当時、函館本線と言えばC62であり、特にC62が重連で牽引する急行「ニセコ」は、絶大な人気を誇っていた。そのC62の陰で、黙々と普通列車や貨物列車の牽引に奮闘していたのがD51である タブレットを受け取る為に待 …

1969夏の小海線2

小海線は、1969年(昭和44年)には貨物列車を除いて既にディーゼル車となっていたが、行楽時期のみ季節列車として新宿から小淵沢を経由して野辺山まで「八ヶ岳高原」という名前で客車列車が運転され、小淵沢~野辺山間はC56がそ …

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