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1968 国鉄大宮機関区3

カマボコドームのD51786。D51の後方には機関庫があり、前方の転車台の先には電気機関車の留置線があった。大宮機関区には電気機関車の配置はなかったが、新鶴見機関区や宇都宮機関区の電気機関車が常に停まっていた 大宮機関区 …

1969 川越線9600点描 4

かつての川越線は、大宮駅を出て国道17号線の大成橋(現存)をくぐると高崎線と別れ、非電化の単線となった。右脇には国鉄大宮工場から伸びた試運転線があったため架線が張られているが、下は草茫々である 大宮~日進間 29680 …

1968 国鉄大宮機関区2

機関庫の前で佇む9600型29680。中から29697が出て来ている。重厚な機関庫は東北新幹線工事により取り壊されてしまい、扉のみが明治村に移籍されたと聞いている 1968年(昭和43年) 煙室戸を開けて煙室内を掃除中の …

1969 川越線9600点描 3

この頃、川越線は基本的にキハ30・35による運行であったが、朝夕の通勤通学時間には9600牽引の客車列車が1日1往復走っていた。朝の上りの822列車は、高麗川を6時25分発、大宮到着が7時27分であった 59669  指 …

1968 川越線9600点描 2

川越線日進駅にはカメラを背負って自転車で行ける距離にあったという事で、逆に「いつでも撮れる」という意識が強く、実際に写真が多くない 当時、川越線の日進駅は下り線ホームに駅舎があり、跨線橋もなくスッキリしていて良い雰囲気だ …

呉線の大型蒸機3

糸崎機関区には、C62、C59の陰に隠れて7輌のD51が在籍していた 乗車中の列車とすれ違ったのは糸崎機関区のD51 262号機(撮影駅不明) 1970年(昭和45年)3月 糸崎機関区のD51 1068号機。端に山陽本線 …

呉線の大型蒸機2

呉線は、山陽本線の三原駅より一つ大阪寄りの糸崎駅が起点となっていて、機関区も糸崎に置かれていた 糸崎機関区で休憩中のC59 161号機とD51 1068号機 1970年(昭和45年)3月 C59のキャブは密閉構造で前面が …

呉線の大型蒸機1

1970年3月、北九州周遊券を使用して筑豊を周遊した帰路、呉線に立ち寄った。当時の呉線はC62、C59といった大型蒸機が活躍していて、短い時間の滞在だったが、その雰囲気を味わう事が出来た 呉線と言えば蒸機牽引の寝台急行「 …

1970年の筑豊 9600

高校1年生の春休み、世の中が大阪万博で沸き立ち、やれ太陽の塔だやれ月の石だと騒いでいるその時、東京発西鹿児島行き急行「霧島」に乗り九州に向かった。東京発11時10分。下車駅は福岡県の折尾(おりお)駅で、到着時間は翌朝の5 …

1970年の筑豊 8620

高校1年生の春休み、世の中が大阪万博で沸き立ち、やれ太陽の塔だやれ月の石だと騒いでいるその時、東京発西鹿児島行き急行「霧島」に乗り九州に向かった。東京発11時10分。下車駅は福岡県の折尾(おりお)駅で、到着時間は翌朝の5 …

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