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北海道 1971

1971年8月は、3度目の北海道となったが、以前の様に夜行列車の連続ではなく、ユースホステルに宿泊する事も旅の目的となり、必然的に撮影枚数が少なくなった 小沢~倶知安間をパワー全開で走行するC62重連の急行「ニセコ」。前 …

北海道 1970 その2

函館発札幌行きの急行「ニセコ」は、函館からC62が牽引し、長万部から山線となるため、前補機としてC62が連結され、日本最大の蒸気機関車2台による重連運転が展開された。このC62による急行「ニセコ」の牽引は1968年10月 …

北海道 1970 その1

1970年8月、友人からアサヒペンタックスSPと望遠レンズを譲り受け、2度目の北海道旅行に出かけた。初めて手にした望遠レンズが余程嬉しかったのか、望遠レンズを多用した写真が多く、今見返すと少々ウンザリである 宗谷本線南稚 …

奥羽本線 津軽湯の沢

奥羽本線の大舘と弘前の間にある矢立峠は、今も勾配が続く難所である。その峠の陣馬駅と碇ヶ関(いかりがせき)駅の間に津軽湯の沢駅はあった。1970年11月5日に矢立峠のトンネルが完成し、津軽湯の沢駅を含む旧線区間が廃止になる …

道東の湿原とC58

1970年代、北海道の東部、根室本線、釧網本線には、C58が多く配備されていた。特に釧路機関区では15輌以上のC58が働いていて、毎日、釧路湿原や根釧原野を駆け抜けていた 厚岸~糸魚沢(いといざわ)間の厚岸湖付近を走る1 …

北海道 1973年春

1973年3月下旬、春とは言え北海道なのである程覚悟していたが、倶知安、小沢付近は予想以上の積雪で、時々吹雪の様な横殴りの雪が降る天候だった 函館本線小沢駅を猛然と発車するD51 943号機 1973年3月27日 ニセコ …

冬の只見線 1971

1971年2月、当時只見線は小出から出て大白川が終点となっていて、この年の8月に迫った只見までの延伸を待っている時期であった。ラッセル、ロータリー車こそディーゼル機関車に置き換えられていたが、まだ旅客はC11が客車を牽引 …

筑豊の9600

1970年3月、世の中が大阪万博で大騒ぎをしていた丁度その頃、筑豊へと向かった。午前10時の東京発西鹿児島行き急行「桜島・高千穂」に乗車。翌日の早朝、福岡県の折尾駅で下車して、早速、撮影開始。今では、考えられない強行軍の …

国鉄直方機関区1970

筑豊本線を始め筑豊地域各線の蒸気機関車が配属されていた国鉄筑豊本線直方(のおがた)機関区。直方機関区のカマに限らず他区のカマも多く駐機していて、活気にあふれた機関区であった。1986年に機関車の配属がなくなり、1995年 …

八高線 1969

川越線の終着駅「高麗川」がある八高線は、名前の通り八王子と高崎を結んでいる路線で、1969年当時はD51、C58、9600が貨物列車を牽引していたが、特に高麗川~東飯能間は勾配もあり、多くのファンを集めていた 高麗川~東 …

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