叔父の遺した絵はがきの中には、昭和初期の大日本帝国海軍の軍艦もあった

2本煙突時代の戦艦「長門」である。竣工した1920年(大正9年)当時は、世界最大・最速を誇り、長年にわたり連合艦隊旗艦を務めた。太平洋戦争でも生き残ったが、戦後、アメリカ軍に接収され原爆実験の標的艦となり、1946年(昭和21年)に沈没している

戦艦「比叡」は、イギリスで建造された「金剛」の2番艦として日本で造船された戦艦である。3本煙突の巡洋戦艦

「扶桑」は日本初の超弩級戦艦である。「扶桑」と同型艦の「山城」は共に背の高い艦橋が特徴であるが、この当時は改装前なので艦橋は低い

こちらも近代化改装前の戦艦「伊勢」。1943年(昭和18年)の改装により後部2基の主砲が撤去されて航空甲板となった為、航空機22機を搭載可能な戦艦となった