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1968 川越線9600点描 2

川越線日進駅にはカメラを背負って自転車で行ける距離にあったという事で、逆に「いつでも撮れる」という意識が強く、実際に写真が多くない 当時、川越線の日進駅は下り線ホームに駅舎があり、跨線橋もなくスッキリしていて良い雰囲気だ …

回送列車

シルバーウィークと命名された9月の連休。今年は土日を入れて4連休となり、コンテナの流通量も減少し、コンテナ満載の列車も少なくなった。連休中は、「ウヤ」(運転休止)も出るだろうなと覚悟はしていたが・・・連休最終日になると、 …

呉線の大型蒸機3

糸崎機関区には、C62、C59の陰に隠れて7輌のD51が在籍していた 乗車中の列車とすれ違ったのは糸崎機関区のD51 262号機(撮影駅不明) 1970年(昭和45年)3月 糸崎機関区のD51 1068号機。端に山陽本線 …

早朝の金谷川橋梁

東北本線金谷川橋梁、午前6時着。上空は雲に覆われているが、幸いなことに吾妻山地は見えていた。いつもの場所で定点観測 6時33分、吾妻山地は明るくなってきたが、まだ朝もやが残っている金谷川橋梁に撮影可能な一番列車がやって来 …

呉線の大型蒸機2

呉線は、山陽本線の三原駅より一つ大阪寄りの糸崎駅が起点となっていて、機関区も糸崎に置かれていた 糸崎機関区で休憩中のC59 161号機とD51 1068号機 1970年(昭和45年)3月 C59のキャブは密閉構造で前面が …

呉線の大型蒸機1

1970年3月、北九州周遊券を使用して筑豊を周遊した帰路、呉線に立ち寄った。当時の呉線はC62、C59といった大型蒸機が活躍していて、短い時間の滞在だったが、その雰囲気を味わう事が出来た 呉線と言えば蒸機牽引の寝台急行「 …

1970年の筑豊 9600

高校1年生の春休み、世の中が大阪万博で沸き立ち、やれ太陽の塔だやれ月の石だと騒いでいるその時、東京発西鹿児島行き急行「霧島」に乗り九州に向かった。東京発11時10分。下車駅は福岡県の折尾(おりお)駅で、到着時間は翌朝の5 …

旭川駅

北海道第2位の人口を有する旭川市。中心の旭川駅は、2011年(平成23年)に現在の駅舎が完成している 2020年6月の早朝に撮影した旭川駅の写真である。まるで「完成予想図」の様な景観は、確かに綺麗ではあるが、なんとも無機 …

1970年の筑豊 8620

高校1年生の春休み、世の中が大阪万博で沸き立ち、やれ太陽の塔だやれ月の石だと騒いでいるその時、東京発西鹿児島行き急行「霧島」に乗り九州に向かった。東京発11時10分。下車駅は福岡県の折尾(おりお)駅で、到着時間は翌朝の5 …

小樽市総合博物館6

北海道における鉄道発祥の地と言えば、小樽の手宮である。小樽港に近い手宮には機関庫が造られ、手宮を起点として幌内鉄道が1880年(明治13年)に札幌まで開通し、後に「国鉄7100形」と呼ばれることになるアメリカ・ポーター社 …

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