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蒸気機関車

1969夏の小海線2

小海線は、1969年(昭和44年)には貨物列車を除いて既にディーゼル車となっていたが、行楽時期のみ季節列車として新宿から小淵沢を経由して野辺山まで「八ヶ岳高原」という名前で客車列車が運転され、小淵沢~野辺山間はC56がそ …

1971年冬の只見線2

1971年2月、当時はまだ只見線は小出から出て大白川が終点となっていて、この年の8月に迫った只見までの延伸を待っている時期であった。除雪車こそディーゼルに置き換えられていたが、旅客列車はC11が牽引していた。大白川~入広 …

1969 川越線9600点描 5

日進駅を出て雑木林を抜けると田んぼだった。田んぼの中を西日を浴びながら走る69636。69636は、9687と同じような低い変形デフが装備されていた 田んぼを抜けると再び雑木林となった。工事中の新大宮バイパス跨線橋から撮 …

1968 国鉄大宮機関区3

カマボコドームのD51786。D51の後方には機関庫があり、前方の転車台の先には電気機関車の留置線があった。大宮機関区には電気機関車の配置はなかったが、新鶴見機関区や宇都宮機関区の電気機関車が常に停まっていた 大宮機関区 …

1969 川越線9600点描 4

かつての川越線は、大宮駅を出て国道17号線の大成橋(現存)をくぐると高崎線と別れ、非電化の単線となった。右脇には国鉄大宮工場から伸びた試運転線があったため架線が張られているが、下は草茫々である 大宮~日進間 29680 …

1968 国鉄大宮機関区2

機関庫の前で佇む9600型29680。中から29697が出て来ている。重厚な機関庫は東北新幹線工事により取り壊されてしまい、扉のみが明治村に移籍されたと聞いている 1968年(昭和43年) 煙室戸を開けて煙室内を掃除中の …

1969 川越線9600点描 3

この頃、川越線は基本的にキハ30・35による運行であったが、朝夕の通勤通学時間には9600牽引の客車列車が1日1往復走っていた。朝の上りの822列車は、高麗川を6時25分発、大宮到着が7時27分であった 59669  指 …

1968 川越線9600点描 2

川越線日進駅にはカメラを背負って自転車で行ける距離にあったという事で、逆に「いつでも撮れる」という意識が強く、実際に写真が多くない 当時、川越線の日進駅は下り線ホームに駅舎があり、跨線橋もなくスッキリしていて良い雰囲気だ …

呉線の大型蒸機3

糸崎機関区には、C62、C59の陰に隠れて7輌のD51が在籍していた 乗車中の列車とすれ違ったのは糸崎機関区のD51 262号機(撮影駅不明) 1970年(昭和45年)3月 糸崎機関区のD51 1068号機。端に山陽本線 …

呉線の大型蒸機2

呉線は、山陽本線の三原駅より一つ大阪寄りの糸崎駅が起点となっていて、機関区も糸崎に置かれていた 糸崎機関区で休憩中のC59 161号機とD51 1068号機 1970年(昭和45年)3月 C59のキャブは密閉構造で前面が …

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